倶楽部の歴史

 

 

 

1926(大正15)年

 

8月 大正15年、「宝塚倶楽部」が宝塚ホテル内に誕生

 

 

      阪急今津線、宝塚南口駅前に宝塚ホテルが誕生したのは5月14日。同年8月には、その5階に郊外社交倶楽部「宝塚倶楽部」が産声をあげた。沿線在住の名士たちの友好の場として、将棋、囲碁などの娯楽設備や庭球、射的などの体育保険施設を備えた倶楽部であった。入会金は30円、会費は年12円、入会者は300名を越えていた。このゴルフ部の一部門として生まれたゴルフ部が「宝塚ゴルフ倶楽部」のはじまりである。
  10月   3ホールズ開場、設計は福井覚治プロ
1927(昭和2)年 10月   第一次9ホールズ開場。設計は広岡久右衛門
1928(昭和3)年 4月   宝塚倶楽部を解消して宝塚カンツリー倶楽部と改称
1929(昭和4)年 2月   第二次改良9ホールズ完成開場。設計は広岡久右衛門
1930(昭和5)年 10月   18ホールズ完成開場。設計は広岡久右衛門
1931(昭和6)年 10月   朝香杯第一回競技開催
1935(昭和10)年 10月   東久邇杯第一回競技開催
1937(昭和12)年 1月   社団法人宝塚カンツリー倶楽部となる
1942(昭和17)年 5月   社団法人宝塚打球会に名称変更
1944(昭和19)年 1月   アウト9ホールズとインの一部が日本競馬会に買収され、インの残りが海軍に徴用されたが、インはゴルフプレーが許された
1945(昭和20)年 11月   宝塚ゴルフ倶楽部の名称復活を総会で決議する
1946(昭和21)年 2月   全コース建物施設全部アメリカ進駐軍第25師団に接収される
1947(昭和22)年     戦前のアウト2〜6番の復旧を放棄、新しく造成、設計は大谷光明
1951(昭和26)年 12月   アメリカ進駐軍の接収解除
1958(昭和33)年 11月   新コースイン9ホールズ開場、設計は大橋剛吉
1959(昭和34)年 11月   新コース18ホールズも完成設計大橋剛吉
  12月   現倶楽部ハウス完成、設計は村野藤吾博士
1964(昭和39)年 5月   相模原ゴルフクラブと姉妹コースとして提携
1972(昭和47)年 10月   深谷ダム建設に伴う新コース3.4.7.8番改造完了
1983(昭和58)年 2月   旧コースメイングリーンをベントグリーン(パーウィック方式)に、サブグリーンをティフトン芝+ベント芝に改造
1995(平成7)年 1月   阪神淡路大震災により全コースクローズ
  4月   27ホールズ(旧コース18.新コースアウト9)で再開。
1996(平成8)年 10月   新コースイン改造及び、新コースの高麗グリーンをすべてベントグリーンに改修完了設計は服部彰36ホールズ営業再開
2001(平成13)年 3月   新コース5人乗りの電磁誘導カート導入
2003(平成15)年 10月   新コースで「日本シニアオープンゴルフ選手権」開催
2006(平成18)年 9月   「兵庫のじぎく国体」ゴルフ競技開催
2007(平成19)年 4月   旧コースに5人乗り電磁誘導カート導入
2009(平成21)年 8月   新コースで「関西オープンゴルフ選手権」開催

2012(平成24)年

4月

 

ハウス改修工事完成リニューアルオープン

2013(平成25)年

4月  

一般社団法人へ移行

宝塚ホテル
宝塚ホテル

9ホールズ完成当時の女性ゴルファー
9ホールズ完成当時の女性ゴルファー

昭和5〜6年頃の初代クラブハウス
昭和5〜6年頃の初代クラブハウス

2代目クラブハウス前の進駐軍
2代目クラブハウス前の進駐軍

村野氏設計の3代目クラブハウス
村野氏設計の3代目クラブハウス

深谷貯水池完成
深谷貯水池完成

阪神大震災での被害の様子
阪神大震災での被害の様子